はじめに
一度きりの衝撃的な出来事(事故、自然災害など)によるPTSDとは異なり、複雑性心的外傷後ストレス(複雑性PTSD)は、繰り返し長く続くトラウマ——家庭内暴力、児童虐待、情緒的ネグレクト、長期にわたるいじめ——から生じます。ジュディス・ハーマン(Judith Herman)が最初に概念化した複雑性PTSDは、2018年に世界保健機関(WHO)のICD-11に正式な診断名として収載されました。
大切なポイント
複雑性PTSDに特徴的な症状
一般的なPTSDの症状(フラッシュバック、過覚醒、回避)に加えて、3つの中核症状が現れます。感情調整の困難(爆発的な怒り、慢性的な空虚感、感情の麻痺)、否定的な自己認識(恥、罪悪感、「自分は壊れた人間だ」という思い込み)、対人関係の問題(親密な関係の難しさ、信頼の問題、再被害のパターン)です。
一般的なPTSDとの違い
一般的なPTSDでは特定の出来事の記憶が問題の中心であるのに対し、複雑性PTSDは自己のアイデンティティや人間関係のパターン全体に影響を及ぼします。「自分が経験したことのせいでつらい」を超えて、「自分という人間そのものが問題なのだ」という深い恥の感覚が特徴的です。
回復への道筋
ハーマンの3段階回復モデル(安全の確保 → トラウマの処理 → 再びつながること)が治療の基本的な枠組みです。EMDR、センサリーモーター・サイコセラピー(Sensorimotor Psychotherapy)、スキーマ療法、内的家族システム(IFS)療法などが効果的です。
研究による裏づけ
ICD-11導入後の研究によると、複雑性PTSDの人の約36%に子ども時代の虐待経験があり、単純なPTSDより治療期間は長くなるものの、専門的な治療によって有意な改善が可能です(European Journal of Psychotraumatology, 2020)。安全な治療関係の中で取り組むことが鍵となります。
実践のヒント
- 自分の経験が「繰り返されたトラウマ」にあたるのかを認識することが第一歩です。
- 複雑性トラウマを専門とするセラピストを探し、カウンセリングを始めましょう。
- まずは安全な環境と安定した日常を整えましょう。
- セルフ・コンパッションの練習:「私のせいではなかった」と毎日自分に言い聞かせましょう。
- 信頼できる人との関係を、少しずつ築いていきましょう。
日常での取り入れ方
感情が高ぶったときは、「この感情は過去から来ているのか、それとも今から来ているのか?」を見分ける練習をしてみましょう。安心できる場所、活動、人のリストを作っておき、つらいときに活用してください。毎日、小さなセルフケア(お茶を飲む、散歩、お風呂)を欠かさずに行いましょう。
気をつけたいこと
- 複雑性PTSDは自力で乗り越えるのがとても難しいものです。必ず専門家の助けを受けてください。
- 治療の過程で一時的に症状が悪化することがあります。それも回復の一部です。
- 加害者との接触を減らす、または断つことが、回復の前提条件になる場合が多くあります。
こころからのひとこと
繰り返された傷の中でも、あなたは今日まで生き抜いてきました。それ自体が、あなたの強さの証です。回復には時間がかかるけれど、あなたは回復していい人です。こころがその道のりを一緒に歩いていきますね。